最近は仕事がおわっても、なにかしら仕事的なことをしている。仕事ではないも
のもあるが。とうぜん疲れる。こうなると悪いクセのひとつで、英語をはなすの
がうっとうしくなり、仕事場ではダンマリをきめこむ。
しかし沈黙というのは、長いあいだつづけていると、大きな声と同じくらいの音
をはっしはじめる。ひときわ大人しい人が目立つのはそのせいだ。だから1時間
にいっかいくらい沈黙でかたまった、自分まわりの空気をほぐさなければならな
い。そうしないと、沈黙の音はしだいに大きくなって、不協和音へと変わってい
く。つまり他人に気をつかわせることになる。
沈黙不協和音をださず、かつあまり話さなくていい方法は音楽を小さく、直接ス
ピーカーから流すことだ。仕事場ではだいたいGeorge Winstonのピアノソロを
きいている。
この人はコアなジャズファン(どういう人のことをいうのか知らんが)からみた
キースジャレット的な立場の人(たぶん)で、その毒にも薬にもならなさそうな
音楽性から、ピアノソロ界の大衆音楽最右翼、というイメージがつきまとい(こ
れもたぶん)、ファンだという人に日米を通してあったことがない。レコード屋
にいけば1ドルコーナーにきれなままのジャケットでなげこまれている。
しかし、この人の音楽をぼくは好きだ。才能のある、いい音楽家だとおもう。聞
いているとこの人の人となり、育ってきた環境やなんかが想像される。音楽は、
たとえるならばミシガンあたりの田舎街の、おじさんおばさんが週末にすこしだ
けおしゃれをして、ひさしぶりに夫婦そろって出かけていく演奏会のための音楽。
それは音楽のあり方の一つとして、理想型に近い。
12月1日、バルークカレッジに演奏にくる。会場のチョイスに、音楽とおな
じ哀愁が、たっぷりとただよっている。もっと哀愁があるのは、箱根彫刻の森美
術館のCM音楽に使われたら、ぴったりだろうなということだ。ヴィデオは彼の
弾くカノン。あっさりとした、いい演奏である。
-yuji
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